地方と都会の交流地点「奥松阪暮らし研究所」を作りたいと思った理由

元々地域にあった「滝野時計店」という場所。
少なくとも僕が移住してきた頃にはお店は空いておらず、しばらく空き家状態だったようでした。裏の離れを誰かが借りている、という話は聞いたことがありましたが、しばらく経つと物件全体が売りに出るという話を聞きました。

恵まれた立地と雰囲気に惹かれた「残したい建物」

元々の国道添いにあるこの建物。きっとこの前の道路がメインストリートだった時にはまた違った雰囲気だったのかもしれませんが、最近この旧国道の魅力というものに興味が出てきました。

元々メイン道路だった通りには色々な商業的な物件が残っていたり、新道ができたことで車通りは少なくなったけど道路は一本入っているけど綺麗に保たれていたりする。

実はこの「前は栄えていたけど、状況が変わって少し静かになった場所」にとても魅力があるのではないかと最近よく考えるようになりました。そういう意味でこの「滝野時計店」だったこの建物にも不思議な魅力を感じたのかなと思っています。

経年変化という、今では作ることができない「時間が作り上げた価値」

奥松阪というプロジェクトでは古民家を活用したり、古い骨董の印判皿を食堂で使用したりと、何かと古いものを扱うことが多いのですが、その理由の一つに「現代では作り出せない価値」を残していきたいという想いがあります。

奥松阪を始める前からいつかお店を開くためにと、100年以上前の器などをたくさん収集していました。僕が最初に惹かれた上のような器。おそらく100年は経っているというようなものですが、現代の量産品では出せない「揺らぎ」とか「歪み」とかが逆に魅力だと思って非常にたくさんの器などを色々な場所を巡って集めていました。

建物も同じで、時間が経過したことが価値ということに気がつけるかどうか。今から作ることができない建物をどうやって活用していくかは、大切な視点な気がしています。

今年の5月から始まった子供たちがお店当番を行う「だがしのいいたか」は、奥松阪暮らし研究所を作っている最中に、こどもたちが自ら駄菓子屋をしてみたいと発案して始まった企画。この企画は現在も続いていて月に1日開催するという定期イベントとして開催され、毎回子供達で賑わっています。

施設が出来たことからこのような企画が生まれて、それを通じてお母さん同士の繋がりが生まれている姿をみて、何か新しいことを行うことの大切さや、人と人が交差するスポットを作る大切さを感じました。

誰かが何か新しいことにチャレンジしていく姿勢は、新しい希望を生み、そうすることで結果的にみんなが楽しめる場作りに繋がっていくのではと。この奥松阪暮らし研究所もそんなふうに色々な方に受け入れられる場所になって欲しいなと願っています。

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